職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)は、日本社会に深く根付いた問題です。私たちジャーナリストが取材を進めていくと、パワハラの被害者の多くが孤独な闘いを強いられていることが分かります。
加害者の多くは、自分の行為がパワハラに当たるという認識が薄く、「指導」や「叱咤激励」のつもりでいる場合が少なくありません。一方、被害者は、上司への恐怖心や、職場環境への影響を考えて、泣き寝入りを選ばざるを得ないのです。
実際、私が新聞社に勤めていた頃、先輩記者からのパワハラに悩んでいた同僚がいました。彼女は、常に先輩記者から厳しい叱責を受け、自信を失っていく様子が見受けられました。しかし、彼女は、先輩記者の権威を恐れ、誰にも相談できずにいたのです。
このような状況を変えていくためには、一人一人がパワハラに対する理解を深め、自分の周りで起きていないか、敏感になることが大切です。本記事では、パワハラの実態と、その防止に向けた取り組みについて詳しく解説します。パワハラは、あなたの隣にも潜んでいるかもしれません。
パワハラとは? 定義と具体例
パワハラの定義
パワハラとは、職場において、地位や人間関係などのパワーを背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為のことを指します(咲くやこの花法律事務所より)。
つまり、上司から部下への一方的な言動だけでなく、先輩から後輩への言動や、同僚間での言動も、パワーを背景にしていれば、パワハラに当たる可能性があるのです。
具体的なパワハラの事例
パワハラには、以下のような行為が含まれます。
- 暴言、脅迫、侮辱的な言動
- 人格を否定するような発言
- 大声で怒鳴る、長時間にわたって叱責する
- 他の社員の前で恥をかかせる
- 過度な長時間労働の強要
- 必要性のない残業を強要する
- 休日出勤を強要する
- 深夜までの付き合いを強要する
- 仕事を与えない、仕事を取り上げる
- 能力に見合わない仕事を与える
- 仕事を与えず、孤立させる
- 私的な要求の強要
- 私的なお使いを強要する
- 私的な付き合いを強要する
- 個人的な嫌がらせ
- 必要以上に厳しく叱る
- 他の社員と差別的に扱う
これらの行為は、被害者の尊厳を傷つけ、職場環境を悪化させるだけでなく、心身の健康にも深刻な影響を与えます。
パワハラとその他のハラスメントの違い
パワハラは、セクシャルハラスメント(セクハラ)や、マタニティハラスメント(マタハラ)など、他のハラスメントと混同されがちです。しかし、パワハラは、性的な要素や、妊娠・出産に関する要素を含まないという点で、これらのハラスメントとは異なります。
一方で、パワハラは、他のハラスメントと複合的に発生することもあります。例えば、上司が部下に性的な要求をしつつ、仕事上の脅迫を行う場合などです。このような場合、被害者は、複数のハラスメントに同時に苦しむことになります。
パワハラが起こる背景と心理
日本の企業文化とパワハラの関係性
日本の企業文化には、以下のような特徴があり、これがパワハラを生みやすい土壌となっていると指摘されています。
- 上下関係が強い
- 上司の言うことは絶対という意識が強い
- 上司に逆らうことが難しい
- 集団主義が強い
- 個人の主張よりも、集団の和を重んじる
- 問題を表面化させにくい
- 長時間労働が美徳とされる
- 残業が当たり前という意識がある
- 仕事に私生活を犠牲にすることが求められる
このような企業文化の中では、上司からのパワハラが正当化され、被害者が声を上げにくくなってしまうのです。
加害者の心理:権力の濫用
パワハラの加害者の多くは、自分が優位な立場にあることを利用して、部下や後輩に対して不適切な言動を繰り返します。その心理には、以下のような要因があると考えられます。
- 권力欲
- 自分の権力を誇示したい
- 相手を支配することで満足感を得る
- ストレス発散
- 自分のストレスを部下にぶつける
- 弱い立場の相手を見下すことでストレスを解消する
- 無知・無関心
- ハラスメントに対する理解が不足している
- 相手の気持ちを考えない
加害者は、自分の言動がパワハラに当たると認識していないことが多いのです。
被害者の心理:沈黙と孤立
一方、パワハラの被害者は、以下のような心理から、泣き寝入りを選ばざるを得なくなります。
- 報復への恐れ
- 加害者から更なる嫌がらせを受けるのではないかと恐れる
- 解雇や不利益な配置転換をされるのではないかと恐れる
- 周囲への遠慮
- 自分が表立って訴えることで、職場の雰囲気が悪くなるのを恐れる
- 同僚からの孤立を恐れる
- 自己肯定感の低下
- 自分が悪いのだと自責の念を抱く
- 自分の能力に自信が持てなくなる
こうして、被害者は孤立を深め、パワハラの被害を訴えることができなくなってしまうのです。
パワハラが与える影響
被害者のメンタルヘルスへの影響
パワハラは、被害者のメンタルヘルスに深刻な影響を与えます。具体的には、以下のような症状が現れることがあります。
- うつ病
- 気分の落ち込み、意欲の低下、不眠など
- 不安障害
- パニック発作、過呼吸、動悸など
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)
- フラッシュバック、悪夢、回避行動など
これらの症状は、被害者の日常生活や仕事に大きな支障をきたします。中には、自殺に追い込まれる人もいます。
職場環境の悪化と生産性の低下
パワハラは、被害者だけでなく、職場全体にも悪影響を及ぼします。
- 職場の雰囲気の悪化
- 上司への不信感が高まる
- 同僚間のコミュニケーションが減る
- モチベーションの低下
- 仕事への意欲が減退する
- 創造性やチャレンジ精神が失われる
- 人材の流出
- 優秀な人材が退職する
- 新しい人材が定着しない
こうした状況は、業務の効率を下げ、生産性の低下を招きます。
企業イメージの低下とリスク管理
パワハラは、企業のイメージダウンにもつながります。
- 社会的信用の失墜
- 世間からの批判にさらされる
- 取引先から敬遠される
- 訴訟リスク
- 被害者から訴えられる可能性がある
- 多額の損害賠償を請求されるリスクがある
したがって、企業は、パワハラを防止することが、リスク管理上も重要な課題となるのです。
パワハラ防止に向けた取り組み
法整備の現状と課題
2020年6月、労働施策総合推進法が改正され、職場におけるパワハラ防止対策が事業主の義務となりました。この法改正により、事業主は以下のような措置を講じる必要があります。
- パワハラの内容や、パワハラを行ってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- パワハラの事実が確認できた場合の、速やかな対処
しかし、この法律には罰則規定がなく、実効性に乏しいという指摘もあります。今後は、より実効性のある法整備が求められます。
企業による防止策の事例
先進的な企業では、以下のようなパワハラ防止策を実施しています。
- トップのメッセージ発信
- 社長自らがパワハラ防止の重要性を訴える
- 組織全体にパワハラを許さない文化を浸透させる
- 研修の実施
- 管理職を対象としたパワハラ防止研修を行う
- 全社員を対象としたコンプライアンス研修を行う
- 相談窓口の設置
- 社内に相談窓口を設ける
- 外部の専門機関と提携し、相談しやすい環境を整える
アサヒ飲料株式会社では、2019年から全ての管理職を対象に、パワハラ防止研修を実施しています。同社は、「パワハラのない会社」を目指して、継続的な取り組みを行っています(アサヒ飲料株式会社, 2021)。
個人レベルでできる防止策
パワハラ防止には、一人一人の意識が何より大切です。私たち一人一人ができる防止策として、以下のようなことが挙げられます。
- 自分の言動を振り返る
- 自分の言動が、相手を不快にさせていないか考える
- 相手の立場に立って、コミュニケーションを取る
- 周りの変化に気づく
- 同僚の様子の変化に気づく
- 些細な変化も見逃さず、声をかける
- SOSを発信する
- 自分がパワハラを受けたら、一人で抱え込まない
- 信頼できる人や、相談窓口に相談する
パワハラのない職場を作るには、私たち一人一人の行動が重要なのです。
まとめ
本記事では、職場におけるパワハラの実態と、その防止に向けた取り組みについて解説してきました。
パワハラは、被害者の尊厳を傷つけ、メンタルヘルスに深刻な影響を与えます。また、職場環境を悪化させ、企業の生産性を下げる要因にもなります。
パワハラを防止するには、法整備や企業の取り組みだけでなく、私たち一人一人の意識と行動が何より大切です。私たちは、パワハラを他人事ではなく、自分自身の問題として捉える必要があります。
もしあなたの周りで、パワハラが起きていたら、決して見て見ぬふりをしないでください。被害者に寄り添い、支援の手を差し伸べてください。そして、自分自身の言動を常に振り返り、パワハラを生まない、パワハラを許さない職場環境を作っていきましょう。
パワハラは、あなたの隣にも潜んでいるかもしれません。しかし、私たち一人一人が、パワハラと向き合い、行動を起こすことで、きっと変えていくことができるはずです。